大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)68号 判決

控訴人 ロバート、ウオーレス、シリー

被控訴人 アイリン、マリー、シーリー

主文

原判決を取消す。

本件訴は、これを却下する。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人と被控訴人とを離婚する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

控訴代理人において陳述した原審口頭弁論の結果によると、控訴人の事実上の主張、提出、援用の証拠関係は、原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

理由

職権を以て、わが国の裁判所が、本訴離婚事件につき、裁判権を有するかどうかについて考察するに、わが国際民事訴訟法が離婚の管轄につき、当事者の本国の管轄権を原則としつゝ、補充的に住所地国の管轄権をも認めるものであることは、人事訴訟手続法第一条、法例第一六条但書の規定からも窺われるところであるが、夫婦の住所地国が異る場合における住所地国の管轄権は、被告のそれを標準として決定すべく、例外的に被告が、原告を遺棄して国外に逃れ、消息不明なる等特段の事由があるときに限り、国際私法生活の安定、正義公平の観点から、原告の住所地国にも管轄権ありと解せられる余地がありうるに過ぎないものというのが相当である。いまこれを本件についてみるに、真正に成立したものと認むべき甲第三号証、同第五号証、原審における控訴人本人の供述及び弁論の全趣旨によると、原告たる控訴人は、本籍を米合衆国フロリダ州に有する同国市民であり、被告たる被控訴人も米国ニューヨーク市生れの米国人であつて、双方は、一九五二年九月三日スイス国チユーリヒ市で婚姻したものであること、ならびに、控訴人は肩書地記載の如く日本国に居住するのに対し、被控訴人は、本訴提起前より現在に至るまで、終始肩書地の米国ニユーヨーク市に住所を有するものであることが認められる。従つて、日本の裁判所は、右離婚事件について、本国としての管轄権がないのは勿論、被告たる被控訴人の住所が日本国にない以上、住所地国としての管轄権もないものといわなければならない。もつとも本訴は、被控訴人の遺棄を以て離婚原因とするものであるが、遺棄といつても、被控訴人が控訴人を遺棄して日本国を去つたというのでなく、元来当事者双方は、米国で同棲していたのであるが、双方間に不和を生じ、一九五四年一月末、被控訴人が控訴人方を立去り、母親の許に身を寄せ別居生活に入るや、控訴人は僅八箇月の後たる同年九月頃、単身日本に渡来し、米国駐留軍神戸補給部の軍属として勤務するに至つたものであることは、控訴人自身の主張するところであるのみならず、その後も双方間に文通がなされている外、控訴人より被控訴人に対し、毎月実子の養育料を送付しており、かつ控訴人は、遅くとも一九五八年までで日本滞在を打切り、その後は帰米を予定し、日本に落ちついて全体的な生活の本拠をおく意思のないことは、前記控訴人本人の供述と右供述によつて成立を認めうる甲第二号証とにより、明らかであるし、さらに同号証によると、被控訴人は、控訴人宛の一九五五年六月二四日付手紙で、本件の解決は、控訴人の帰米を待つて、処理したい旨の意向を申入れていることが認められるのであるから、かりに被控訴人の家出が、控訴人主張の如く離婚原因たる遺棄に該当するものとしても、右事実だけでは、被控訴人の利益を無視し、控訴人のため、その住所地国たるわが国の管轄権を認めなければ、国際私法生活の安定を害し、正義公平に反する結果を招来するものとは認め難く、従つて本訴についてはわが国の管轄権を肯定すべき例外的な事由もないものといわなければならない。

以上説示のとおりであるから、本訴は、わが国の裁判権に服しないものとしてこれを却下すべく、右と異り本案請求の当否について審判をした原判決は失当であつて、取消を免れない。

よつて、民訴法第三八六条、第九六条及び第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 神戸敬太郎 金田宇佐夫 鈴木敏夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例